ミニマリスト日和

ミニマリスト日和

夫婦でミニマリスト。スッキリだけど落ち着く部屋を目指して。

資本主義の中で戦う女子について書かれた『pink』と、成長していかない時代を前提にした「小商い・自給自足」の対比

基本的に、80年代のことは知らない。

生まれたのが88年だから。

80年代~90年代の東京を舞台にした小説やらエッセイやらを読む動機として、

フィッシュマンズのいた頃の街の空気を知りたいというのが基本にある。

 

全く想像の世界だから、おとぎ話と同じくらい想像がつかない世界だから。

フィッシュマンズ全書』も、『フィッシュマンズ---彼と魚のブルーズ』も、その文章の隙間から、その時代の空気が漏れ出てくるような感じはある。

 

自分の2歳や3歳の記憶、5歳の記憶、10歳の記憶をたどって、京都の街の風景とかテレビで浮かれてた音楽の感じとかを思い出して、架空の東京の街に重ねてみる。

うーん。

わたしは植物園や鴨川や夜のコンビニという安心安全なあたたかくて柔らかいところに住んでいたので、

東京の狂宴とかわからないよね、やっぱり。

京都の街の夜の静かな風景。

高い建物はなくて、そばには森があって、神社があって、商店があって、鴨川があって、

静かな静かな街で歩いた記憶はあるけれど、

同じ時に東京ではネオンぎらぎらで戦うガールがいたなんて想像もつかないね、やっぱり。

 

岡崎京子の『pink』を読みました。

 

pink

pink

 

 iPad proとapple pencilの組み合わせで、

表紙を見ながらお絵描きしてみました。

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pinkのおおまかなあらすじ。

主人公のユミは一人暮らしのOL。父と継母とその娘であるケイコ(ユミの腹違いの妹)がいるが、ユミは継母が父の財産目当てで結婚したのを知っているので、継母を母として認める気になれない。ユミはペットのワニをとても大事にしており、やさしくてきれいだったお母さんの爪の色を思い出させてくれるピンクのバラが好き。ワニの餌代を稼ぐため、夜はホテトル嬢として男性の相手をしている。

ユミは継母の愛人である大学生ハルヲとつきあいはじめ、ユミとワニにハルヲとケイコを加えた3人と1匹の間で、ささやかな家族のような幸せな関係が築かれてゆく。

 

連載されていたのは89年。バブル真っ只中。

主人公ユミちゃんは欲しいものを全部我慢せずに買うために一生懸命働いてる。

 

印象的なセリフ。

(バラを買って)

お金でこんなキレイなもんが買えるんなら

あたしはいくらでも働くんだ 

欲しいものをガマンしないために、

欲しいものは何でも手にいれるために働いているユミちゃん。

 

娘のケイコ「お金ちょうだい」

ママ「何?いくらいるの?」

ケイコ「ちょっと」

ママ「バカねぇあんた お金は使いなさい

ケチな女になったらおしまいよ

 

ぜいたくを恐がっちゃだめ

豪華になりなさい

 

豪華でゴージャスな女にならなきゃ

金持ちの男は寄ってこないわ

ママみたいにしあわせになるのよ」

 

ケイコ「へいへい」

「へいへい」このあしらい。

小学生の妹ケイコは、お金をじゃんじゃん使うことのおかしさにとっくに気付いている。

 

TVみたく暮らしたいし、ananのグラビアみたく暮らしたいな。みんなそうなんじゃないの?

このセリフを読んで、

わー、時代が違うんだなって思った。

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『pink』岡崎京子より

 

アンアンのグラビアみたいな暮らしがしたいという主人公のユミちゃん。

欲しいものは我慢したくない。

そのためにはOLとホテトル嬢の二足のわらじを履くことも厭わない。

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(引用、画像、すべて岡崎京子『pink』より)

 

天気がよくて幸せに思うこととか、

お茶わんを洗うのが楽しいとか、

そういう日常のささいなことに幸せを見つけることができるのに、

ごく自然に物欲が入り込んでくる。

「少ない服で着回す」とは真逆の考え。

 

ワニを飼っているユミちゃん。

スリルとサスペンス。

ユミちゃんが欲望のために働くのをやめたら食われるってことだよね。

ワニの餌を用意できないくらい困窮したら、

自分の欲しいものを買えないくらい困窮したら、

ワニとの上下関係は逆転して食われてしまうというわけで。

ワニのことを愛してもいただろうけど、

資本主義を渡り歩いて戦っていくために自分を鼓舞する存在だったんじゃなかろーか。ワニが。

 

資本主義の中で戦う女子について書かれたpinkと、成長していかない時代を前提にした小商いの対比

pinkを読んだ後に『小商い』spectatorを読むとその対比に驚く。

不思議な気持ちになる。

スペクテイター〈27号〉 小商い

スペクテイター〈27号〉 小商い

 

小商いを薦める背景として「もう日本はこれから先、経済成長しません」という前提があります。

 

1973年のオイルショック以降、90年まで約18年間、約3~4%の間で経済成長が推移します。これは「拡大均衡」と呼ばれるもので、経済が拡大しているけれどあまり無理はないという安定したいい状態です。

 

資本主義が行き詰まってしまった。

 

従来のように右肩上がりの幻想はもうない。そういうときにどうやって生きていけるのか考え、出てきたのが「小商い」という発想です。

コストを最小限に抑えながら、なるべく地域の中で経済をまわしてゆく。モノはあるから収入が多い必要はない。

経済は縮小しているけど、縮小したまま均衡すれば長い時間食いつないでいける。

もう経済成長しないならば、別のモデルを考えていきましょうということですね。

 

『スペクテイター 小商い』より

 

 

「日本はもう経済的に拡大成長はしません」という前提の世界で、小商いの考え方はフィットする。

小さく暮らそう、コンパクトになろう、自給自足もいいね、

そういう考えがすっとなじんでくる。

これが30年前なら、気が狂ってると思われてもおかしくないのかもね。

永遠に成長していくと思ってたのだろう、みんな、たぶん。

 

pinkを読む前にこれを読んでいたからさらに対比が際立って。 

増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?―――日本人が知らない本当の世界経済の授業

増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?―――日本人が知らない本当の世界経済の授業

 

「なるほど~。もう、(セックスアンドザシティの)キャリーは時代遅れなんですね。結局、アメリカみたいにモノをどんどん使って楽しいっていうのは、もうダメってことですね」

「そうですね。世界中がアメリカ人と同じ暮らしをすると、地球が5.3個必要になります」

 

「だから、成長しない経済をつくらないと、地球が壊れちゃうし、現に成長できなくなってきているんです。

そういう意味で、キャリーは時代遅れで、これからは”お茶”なんですよ。

人間も自然界の一部にすぎないという東洋的な世界観が、限界を迎えた地球には必要なんです。

カッコイイの基準が変わらないとダメなんです。」

 

増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?―――日本人が知らない本当の世界経済の授業』より 

 

pinkで、東京のマンションの一室で「自給自足したい」って言い出すシーンがあるけど。

あの時代だととんだ冗談を、ってな感覚だったのかもしれないね。

 

3.11後は、なんとゆーかもうごく自然にそう思ってる。

みんな無意識下でどこか「自給自足」したがっているんじゃないか、と思う。

 

いつ全てがなくなるかわからない。

電気も作れたら、野菜もつくれたら。サバイブ能力を身につけたほうがいいじゃなかろうか。

 

そんなことを自然と思っているんじゃないかな。

この漫画の頃と、全くもって時代が変わってしまってる。

 

 

成長する時代ではなくなって、

ものを買うのはもういいやって思う人も出てきて、

しかもそれが「気が狂ってる」って思われるのではなく

「まぁそうだね。ものを買うのは十分楽しんだよね」ってなんとなく受容されるような、

そんな時代がくるよって。ユミちゃんに教えたらなんていうかな。

彼女にとっては半径5メートルの出来事が大事なのであって、それ以外のことは「どーでもいい」って言われそうだけど。

 

3冊同時進行で読み進めたことで、

あー、時代って変わっていくんだな。

当たり前の日々も、気づけば振り返れば全く当たり前じゃなくなっているんだな。

と、そんなことを思いました。

 

知らない時代のことを知りたいな。それだけ。

読書の秋はつづく。