ミニマリスト日和

ミニマリスト日和

夫婦でミニマリスト。スッキリだけど落ち着く部屋を目指して。

真昼間の温泉に入ると、頭がいい具合にぼーっとして考え事に適した状態になる。

\2017年12月13日、新刊出ました/

この街で好きだったことがいくつかある。

そのうちの一つが、平日の真昼間にホテルの温泉に浸かること。これがいっとう好きだった。

今日、本当に久しぶりにそれをした。いま温泉の休憩所にあるくつろぎチェアに座ってこれを書いている。

 

真昼間の温泉に入ると、頭がいい具合にぼーっとして考え事に適した状態になる。

昼間の露天風呂、しかも展望風呂なので街を一望できる。

この街にいた数年間に思いを巡らせていた。

3日前の出来事と5年前の出来事が、2ヶ月前の事柄と7年前の事柄が同じ地平で交錯する。まずは映像が浮かぶ。それがいつの思い出だったのか思い出す。

そうやってただぼんやり過ごしていると、いろんな考えが頭を巡る。

 

星新一がそうしたみたいに、紙切れにいろんなシチュエーションや事象を書いて、二枚の紙をランダムに掴んで物語を作る。そういうことを毎日したらいいんじゃないか。何かこう、脳みそのトレーニングになるのではないか。ボケ防止的な…。それはすてきなアイデアに思えた。

 

 

1年前と今とではできることが増えた。

この街には知り合いがほとんどいなくて、なおかつ不定休で忙しくなりがちな私はぱっと連絡して会えるような友達がいなかった。(会社員をしながら執筆をしていたので休みらしい休みがここ数年なかった。忙しくなる前はぱっと声をかけて遊べる人が2人いた。)(地元や東京には学生時代からの友人がいるけれど、遠いからそんなに頻繁に遊べないとしくしく悲しんでいた。)

そうして、寂しさのあまり1年前は友達が欲しいと泣いていた。そこで発想を転換した。東京でも京都でも、距離とか交通費とか一切考えずに年に何度でも会いに行けばいいと。それから、この街でも自分から趣味の友達見つけに行こうって。

今はぱっと思い立って通話できる友達ができた。家で集って夜遅くまでお絵描きしてくれる友達と出会えた。旅先で知り合った人と今もゆるやかにつながってやりとりしていたりする。

そういう、今は当たり前に思っていることについて改めて思いを馳せて、お礼した。何にということもなくて、何か土地の神様的なものに。トイレ掃除している時にお礼を言う、漠然とした神様みたいな存在に。

 

お風呂上がりに、くつろぎ用の椅子に座って、何をするか考えた。

ソフトクリームを食べるか、窓の外を眺めるか、眠気に身を任せて瞼を閉じるか、SNSを開くか。

なんだか、今だけはSNSを見るのは違うと思った。

せっかく頭がいい具合にぼーっとして考え事に適した状態になっているのに、それがブツ切れになる予感がったのだ。

現代を生きるわたしたちはついつい何気ない隙間時間にSNSを開いてしまうけれど、そうすると神様に向かって立てたアンテナがブツッと通信を終えるんじゃないか。そんなことを思った。

(と、いいつつ、ふっとツイッターの非公開リストが光ってみえることがある。リストを開くと何かとびきり心臓を鷲掴みにするような事象と出会うような予感がある、そんな時がある。そうして、そういう時は大抵そういう出会いがあるのだ。)

 

こうやってぼんやり考える時間って何かに似ていると思った。

それは、電車に乗って何もしない旅。

 

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昨年の6月に決行してから一度もやってなかった。

陽のあるうちに電車に飛び乗って、行った先に何の目的もなく、ただ電車に揺られるのが目的の旅。窓からの景色を見るのが目的かな。なので帰りも陽のあるうちが好ましい。

(陽が落ちたら落ちたで読書して帰ってきても良い)

 

そういう時間が好きだなぁと思ったし、定期的にそういう時間を持ちたいなと思った。

おわり。

 

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